NEOISM

NEOが己の思想・流儀・価値観を綴るブログ

【100のパラレルワールド】物事が思い通りに進まないとき

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勉強であれ何であれ、「計画」というものは往々にして上手く運ばないものだ。

 

中南米で生活する以上、スペイン語を学習する必要があったが、その学習量には日によって大きな波があった。

 

壮大な計画を立てたところで、数日経って思うように進まなければ、すっかり投げ出してしまって、考えたくもなくなったりする。

 

そうなってしまっては元も子もない。

時間がもったいないし、「結果の期待値」は下がる。

 

だから、計画を立てること以上に「いかに迅速に立て直し、軌道修正するか」が重要になってくる。

「計画は、立て直すことも含めて計画」と考えていいだろう。

 

ならば、当初の計画が上手く運ばなかったくらいでやる気を大きく削がれてしまっていてはつまらない。

 

  

人生は壮大なゲームであり、実験だ。

いかに自分の望みを叶えられるか、自分の欲求を満たせるか。

 

よくある勘違いを先に指摘しておくが、

「自分の欲求を満たす」というのは必ずしも自己中心で利己的というわけではない。

例えば、他者を幸せにしたいという欲求。

これもまた自分の欲求だ。

 

いかにあの人と仲良くなるか。

いかに運動を習慣化するか。

いかに週末を楽しいものにするか。

いかに欲しいものを手に入れるか。

いかに名を挙げるか。

いかに、いかにして、成したいことを成すか。

 

様々な選択肢の中から無限に選び続けた先に広がる未来は果てしない。

まるでビデオゲームのルート分岐のようなものだ。

  

ちなみに、ゲームオーバーは取り返しのつかない失敗をしたときはでなく、死ぬとき。

残念なのは死ぬことよりも、自分の人生を思うように、後悔のないように生きないこと。

 


大学二年生だったある日、ある親しい先輩が、就活にあたって自己分析する中で、自身の歩んできた大学生活に価値を感じられなくなり、塞ぎ込んでいた。

 

そんな彼と話す中で、ふと思いついて伝えた発想がある。

 

ザッと100のパラレルワールドがあるとして、それぞれに現時点まで全く同じ歴史を持った自分がいるとする。

 

人生とは、ここから他の99個の誰よりも素晴らしい人生を実現することを目指すゲームだ。

 

同時に、いかにして自分の想像、空想、妄想を実現するかを考えるゲームだ。

 

これまで頑張ってこなかったとしても、今から頑張ればいい。

 

手前味噌ながら、何かで失敗したときはよくこれを思い出す。

 

留学で南米に来たばかりときは特に、コミュニケーションの取れなさに打ちひしがれたものだったが、そんなときは「ここがスタートラインなのだから今この瞬間しっかりやればいい」と思って奮起できた。

 

予定していた「やるべきこと」が体調不良などで上手く進まなかったときは「『今』を起点とする100のパラレルワールドの中で、自分のいるこの分岐こそを一番良い結果にする」と考えてすぐ前を向いた。

 

他人と自分を比べるのではなく、「複数の自分と自分を比べる」ということになる。

 

 

この発想なら、軌道修正には時間がかからない。

 

三日坊主になっても、このパラレルワールドの発想で、五日目からまたフレッシュな気持ちで始める。

 

ミスをしたり物事が上手くいかなかったりすれば、多少は落ち込むけれど(落ち込むのは問題を認識できている証なので重要)、必要に応じてミスの原因などの把握に努めた上で、またすぐに前を向く。

 

 

というわけで、100のパラレルワールドの頂点を目指すつもりで今日も生きよう。

 

2016.??