NEOISM

NEOが己の思想・流儀・価値観を綴るブログ

3月11日

 

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時の止まった時計 (宮城県にて)

 

3月11日。

 

2011年、大震災が起きた日だ。

中学を卒業したばかりの私はそのとき家族と韓国にいた。

タクシーの運転手が、日本が大変と言っていて、何のことか分からなかった。

ホテルに帰ってテレビを見ると、凄まじい映像が流れていた。

あまり現実的なことのようには思えなかった。

今も愛用する赤いパーカーは確か、この日に買った気がする。

 

その3年後の2014年のこの日、私は受験のために東京にいた。

その数日後、急遽宮城県の被災地に一人赴き、某NPOのもとで11日間滞在し、様々な出逢いや機会に恵まれる中で、多くのものを得た。

 

2016年のこの日は、タイの宿でバイに襲われかけたあと、たまたま出逢ったメキシコ人とともに、街を一日中散策した。

記憶にある限り、彼は私にとって最初のメキシコ人であり、最初のラテンアメリカ人であった。

滞在3日目にして、彼との交流は、その後2週間弱続いた旅の中でもトップレベルに印象深い出来事となる。

 

去年、2017年のこの日は、コロンビア短期研修を終えて日本に帰国した翌日だった。

あの研修や、その後に続いた一連の出来事は、私に本当に大きな価値を与えてくれた。

 

そして2018年のこの日はコロンビアにいて、よく晴れた午前の空を時折窓から拝みながら、パソコンで文章を書いている。

さあ、この日をどう有意義に使おうか。どんな小さなことでも自分との約束を守りながら、今日寝付くときに充実感を噛みしめられるように、時間と労力を使いたい。

 

2019年の今頃は、どこにいて何をしているだろうか。

日本だろうか、海外だろうか。

何を想い、誰と一緒にいるのだろう。

生きている限り、私の未来は確実に死ぬほど明るい。だって俺だから。

という謎の自信、意味の分からない締め方。でもそれでいい。それがいい。

 

2018.03.11