NEOISM

NEOが己の思想・流儀・価値観や日記を綴るブログ

アメリカの大地を見下ろしながら

 

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ヒューストン空港に着く少し前、飛行機の窓から撮影

 

大地を這う無数の道路が少しずつ見えてくる。

曲がりくねった道からさらに細い道がたくさん横に分かれている様はまるでムカデのよう。


大群に取り残されたのか、ひっそりと誕生した小さく縮れた雲が、まるで地上と紐で結ばれた風船かのように空中に滞留している。

綿菓子のようなその雲を突っ切って、涼しさを味わいたくなる。


長く細い道を走る車たちは、無機質な蟻の行列、というよりシラミの行列のように見える。足が目立たないからだろう。

 

地上の彼らは上空の飛行機を見上げても何も思わないだろう。

上空の私たちが地上の彼らを見て何も思わないように。

 

地上を行き交う車のガラス、道行く人々の瞳には、この飛行機が映り込んでいる。

見下ろす私がその世界に思いを馳せるように、この巨大人工物を見上げてはその行き先に思いを馳せる者もいるだろう。

何の影響も与えていないかのように見えて、実は微々たる何かを与えていたりする。

 

近付いてみれば様々な色で溢れているけれども、遥か高くから見下ろした世界の色は無機質で退屈だ。

俯瞰して全て見えている気になったかのようで、実は全くそんなことはない。

 

大きな飛行機の小さな窓からアメリカ合衆国の大地を眺めて、単独飛翔能力と瞬間移動能力のどちらかだけを手に入れられるとしてどちらを取るかというこれまで未解決だった問いが解決された。

 

簡単に移動できては旅の特別感が薄れてしまうし、交通機関などを使えば時間はかかるものの移動することはできる。

 

しかし、何人たりとも風の吹き荒ぶこの広大な大空を自由に飛び回ることはできない。

 

 

~成田からヒューストンに到着する少し前、窓の外を見ながら~ 

 

2018.02.18