NEOISM

NEOが己の思想・流儀・価値観を綴るブログ

時間と寛容

f:id:neoism:20190210192931j:plain

 

コロンビアにいた頃、待ち合わせに遅刻してくる人の割合は日本にいた頃よりも多かった。

連絡なしで遅刻のケースも多かったし、遅刻平均時間も長かったように思う。

 

そんな私も、時間にルーズな人間であり、遅刻を回避するために変なベクトルの努力をしていた時期もある。

 

日本人よりも時間にルーズな傾向にあるコロンビア人に慣れて、より時間にルーズになるかと思いきや、私の場合は逆に時間に厳しくなって帰ってきた。今では約束の時間の5分前には到着することが多い。(授業を除く)

 

遅刻するとは、相手に待たせることであり、相手の気力や時間といった資源、つまり人生を奪う行為であるということを、何度も待たされることによって痛感したからだ。

 

同時に、寛容でいることも一層意識するようになった。

コロンビアに着いて1ヶ月が経とうとするとき、ある女の子にブラックなジョークを誤解されて嫌われたことがあったのだが、数日間悲しみに暮れていたそのときに「許す」とは尊いことであるということに気付かされた。

そしてその後、「許してもらえる」ことの有り難さも身に染みた。

 

相手が遅刻しても、寛容でいる。許すことを意識する。

それは、相手から寛容に接してもらうため、許してもらうためにも、大切なことだ。

人は必ず、失敗しながら生きているのだから。

 

2019.02.10