NEOISM

NEOが己の思想・流儀・価値観や日記を綴るブログ

イニリダでのある日

 

7月も終わりに近付いた頃、私はコロンビアの奥地、ベネズエラの国境近くの小さな田舎町、Puerto Iniridaにいた。

かつてはゲリラによる事件が起きるなど危険地帯であった、ボゴタからは空路でしか入ることのできないジャングルに囲まれたこの街は今はすっかり治安が良く、また意外にも裕福な人が多く、首都ボゴタよりも物価が少し高かった。

近くには、コカインを貨幣として扱う村があるという。


半年近く前の2月、ボゴタの街を全力に近い速度で走った結果警備員たちに取り囲まれ、解放された直後に話しかけてきた男の実家が、この街にある。あのとき走っていなければ彼に出逢うことはなく、ここに来ることもなかったのだから面白い。

 

道を歩けば誰かしら知り合いに遭遇する、もはや住民全員顔見知り同士なんじゃないかとすら思えてくるような、まるでどうぶつの森のような小さな町だ。


首都ボゴタではほとんど見かけることのないインディヘナも、この町にはたくさんいて、独自の文化を継承している。そこには差別などもあるらしいが、ボゴタよりもずっと穏やかでゆったりとした時間が流れていた。


もちろんこの町に日本人なんていないので、町を歩けば好奇の視線が注がれる。

町を一緒に歩く友人やその友人たちは、知り合いに出くわすたびに、まるで新しい玩具を得た子供がそれを自慢するかのように、彼らに紹介してみせる。

 

f:id:neoism:20180803125506j:plain

 

木曜日の夕方、友人に連れられるままにチャリに乗ってどこかの公園にやってきたものの、そこで私がやることは特になかったらしく、しばらくしてやってきた彼の女友達と彼が遊具でイチャイチャしはじめた。

 

このところこの一帯では雨が酷く、40年振りだとも70年振りだともいう豪雨によって、町の至る場所が洪水で浸水している。

営業停止に追い込まれる店、避難生活を送る人々などを見るにつけ、日本でも最近発生した洪水被害の現場もこんな感じなのかな、と思ったりした。

 

それが原因でビショビショに濡れたサンダルの履き心地があまりに気持ち悪いので、その少し前にお店で買ったトイレットペーパーで救出作業を試みていた私だったが、少し経つと、その隣にあった小さなサッカー場のベンチに一人移動した。


それはコロンビア人の男女の距離の近さに辟易したばかりではなく、ただ公園に蚊が大量発生していたからというのが大きかった。

それに、遊具に座りながら暗いところで作業するよりも、灯りに照らされた明るい場所で広い空間を使いながら作業する方が、結果的にやりやすかった。

 

 

同意なき移動、目的なき移動は、自分一人で動く分にはいいが、誰かに巻き込まれるカタチでのそれは、我慢ならないとまでは言わないが、好ましくはない。

 

そこは私、合理的に生きたい男。

 

まあ、状況次第ではそのハードルも変わりうるのだけれど。

例えば、蚊がいなくてもっと快適な気候で、やるべきことも特にないのであれば、許容範囲は広がる。

 

f:id:neoism:20180803125635j:plain

 

明るければ蚊がやってきても対応できると思っていたが、思うようにはいかないもので、新たな患部がガンガン増えてゆく。

 

最初は羽織っていた赤パーカーだったが、腕はまあ作業で動かしているだろうし、目につきやすいから大丈夫だろうと思い、半ズボン、というか海パンを履いていたことによって護られずにいた膝下を救済するため、そのパーカーを脱いで足にかけて、作業を続けた。

 

それでも、やはり蚊は容赦なく襲ってくる。

 

 

いなくならないかな、蚊。と溜息をついた。 

 

人間以外の血だけを狙ってくれないものだろうか。

いや、私以外の人間の血だけを狙ってくれれば。

せめて、痒みを遺さずに去っていってくれたら、どれだけマシだろうか。

今日世界中で蚊に吸われた血液の総量は、50mプール何杯分になるんだろうか。

 

それにしても、創造主なるものがいるのだとしたら、随分とマニアックなものをお作りになりなさる。

生物多様性のみならず、世界中のあらゆる病気の症状を見ても、神様のいたずらとしか思えないような仕様のものも数多く存在することから、本当に痒いところに手が届くなぁ、と皮肉を言わざるを得ない。

 

f:id:neoism:20180803125732j:plain

 

向こう何年間かに渡って私を搾取してくることになる蚊を一堂に会させて、特殊キューブの中に閉じ込めて圧力を発生させて殲滅することができたら爽快だろうな、なんて妄想しながら、三角座りして赤パーカーに体の全てを覆わせ、さらにフードを被るという純度の高い防御姿勢で音楽を聴いていると、さっきからサッカー場でプレーしていた少年の一人がこちらに駆け寄ってきて、一緒にやろうと誘ってくれた。

 

こんな得体の知れないアジアの赤い三角形を誘ってくれるなんて、随分と心のハードルの低い少年だ。彼は大物になるかもしれない。ちなみに彼は8歳だった。

 

私は赤パーカーから脚を出して、トイレットペーパーを丸ごと投入したことによりある程度乾いたサンダルを足に絡めて、コンクリートのグラウンドへと降り立った。

 

彼らの注文で日本語を披露した。今回は「今日の日記」。

前回は「昨日の出来事」、その前は「明日の予定」だったっけな。

というかこれ、この町に来てから何度目だろう。ボゴタでは5ヶ月いて数回くらいしかなかったのだけれど。

 

彼らは全員10歳前後という感じだったので、フィジカル面、スピード面ではこちらが圧倒的に有利...のはずだったが、なかなか手強い。

だが、やはり肉体的アドバンテージがある分、楽しくプレーすることができた。

 

f:id:neoism:20180803130113j:plain

 

しばらくして、ベンチでタバコを吸っていた友人がやってきて、行こうと言ってきた。

さっきの女の子はもういなかった。用は済んだようだ。

どこに行くのかは分からなかったが、そこをチャリで出発することにした。

 

子供たちが走って追いかけてきた。

電話番号を交換したいという。

田舎町における外国人あるある、かもしれないな。

とはいえ、何をやり取りすることになるのだろう。

彼らがもう少し成長したら、相談おじさんとして活躍することになったりしてな、ってそれはないか。

 

次はいつこの町に来るの?と尋ねられ、多分12月かな、と答えておいた。

実際これは有り得ない話ではない。

12月はこの町、何やら色々あるらしく、雨も少ない良い時期らしい。

それに、ここで既にたくさんの人間関係が生まれていた。

時間に余裕があれば、またやってくるのも選択圏内だ。

 

そしたらまたこの子たちとサッカーでもするか――いや、この滞在中にまたやるという選択肢がすっかり頭から抜けていたことにその直後に気付いたけれど。

再びWi-Fiを手にしたら、彼らに何か送っておくことにしよう。

 

f:id:neoism:20180803130020j:plain

 

それから日曜日にお家にお邪魔したファミリーのもとに行き、可愛らしい少女Saraとその姉Laura、その母LizだかLizaが三人乗りするバイクに友人とチャリで同行し、満月にかかる虹に見とれたりしながら、時には天真爛漫なSaraとじゃれつつ、時には意味不明の言葉を発しつつ、避難生活を送る人たちにパンを配る様子をよく分からないまま眺めたのち、友人の家に帰った。

 

手足をよくよく見ると、やっぱり、めちゃくちゃ刺されていた。

 

 

2018.08