NEOISM

NEOが己の思想・流儀・価値観を綴るブログ

記念日

 

「ねぇ彩恵。私、今年の12月に入籍しようと思ってるんだ」

 

遅めの雪が花粉にバトンを渡そうとしていた3月初旬の日曜日。

駅前のカフェで食後のコーヒーをすすりながら、美和は言った。

 

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Photo by Free-Photos,Pixabay

 

大学の同級生だった彼女と会うのは、3年以上ぶりのことだった。

地味で大人しめだった私-草野彩恵-と、無責任で自由奔放だった美和とは、性格的には真逆に近かったため、同じ学科でありながらほとんど面識はなかった。しかし、3年生になったときに同じゼミに入ったことで、一緒にいる機会が多くなった。

週末に一緒に出かけたり遊びに呼ばれたりすることも何度かあったが、4年生の終わり頃に美和に内定先で彼氏ができたのを機に、長らく疎遠になっていたのだ。

先週の仕事終わりに駅でバッタリと出くわして、今度お茶でもしようということになっていた。

久しぶりに会った彼女は変わらず美人でお洒落で、都会的に洗練されていた。

 

「そうなんだ、おめでとう」なんだかそんな気がしていた。「美和もついに結婚かぁ」

「そうなの、彼とは長く続きそうだとは思ってたんだけどね」

「でも、なんで入籍は12月なの?まだ9ヶ月も先じゃない」

「ほら、私が彼と付き合いはじめたのってクリスマスイブじゃない?」彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「そういえば、そうだったね」

「で、私の誕生日もその日なんだよね」

「確かにそうだったね」

「それで、彼の誕生日は12月23日なんだけど、彼はそのとき親の転勤でアメリカにいたから、日本時間では24日生まれなのよ」

「すごい偶然じゃない」

「それでね、私思ったの。記念日って、何度も祝うと疲れるじゃない。だから、付き合いはじめた記念日も、誕生日も結婚記念日も、全部合わせた方が一気に祝えて楽だなって」

「あなたらしい合理的な考えね」

「それに、一気に祝った方が盛大に祝えると思って。だから、あえて今年の12月24日に入籍しようって彼に言ったの」

いたずらっぽくえくぼを浮かばせる彼女は幸せそうだった。

 

彼女は合理的な人だった。

毎日しっかり授業に出てノートを取る私とは対照的に、代筆で出席を済ませて仲間と遊びにいく日々を送りながらも、試験前になるとどこからか情報を集めて、優秀な成績を修める。

一度彼女の成績を見せてもらったことがあったが、私よりも随分良かったことを覚えている。

入るのが難しいことで知られる有名私立大学だったが、私が受験に失敗して一年間浪人した一方で、彼女は推薦であっさりと決めてしまったという。

 

「そろそろ行こっか」

少し冷めたコーヒーを飲み干すと、美和は小洒落た腕時計を見てそう言った。

「お会計、私に任せて」彼女が勘定書を手に取る。

「えっ、いいの?」

「私が誘ったんだし、それに今は彼のアパートに住んでるから、結構お金あるんだ」

美和の彼氏は、彼女の勤める大手広告代理店の上司で、会社きっての敏腕マネージャーだという。

西麻布の高級マンションに住んでいるだなんて嬉しそうに言っていた。

 

「今日はありがとね」

「うん。じゃあ、今度またご飯でも行こうね」

カフェの前で手を振り合って別れたあと、肩を揺らして駅方面の人混みの中に消えていく美和の背中に目を遣った。

感心と羨望の思いが入り混じった溜息が静かに漏れた。

彼女はデキる男との結婚が決まり、仕事も順調のようだ。お金もあって、以前よりもずっと輝いている。学生時代の彼女も輝いていたが、その輝きは一段と増しているように感じられた。

一方の私はといえば、社会人になってからできた彼氏とは2年付き合ったものの、半年間浮気された挙げ句にこっぴどく振られた。ブラック気質のある職場では残業に追われ、パワハラ上司に日々叱責されている。

美和が、一層遠いところに行ってしまったことを感じた。 

 

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Photo by dh_creative,Pixabay

 

それから季節が二周余りして、枯葉が雪にバトンを渡す頃、大学で同じゼミだった先輩が結婚することになった。

招待された結婚式場には、結局あの日以来疎遠になっていた美和の姿があった。

滞りなく式は進み、その後の披露宴では、大学時代の同級生グループのテーブル席に案内された。彼女が隣の席に着いた。

彼女のお腹は、大きく膨らんでいた。

 

「彩恵、久しぶりじゃない。元気にしてた?」

「うん。それより、妊娠してたんだね、おめでとう」

「ありがとう」

「お腹、もう随分大きいね。あと1ヶ月くらいかしら」

「そのくらいだと思う」

 

彼女は妊婦でありながら、相変わらず美しく着飾っていて、会場の中でも一際輝きを放っていた。彼女の父親は大企業のエリートらしく、裕福な家庭で育った彼女は、そういえばいつも素敵な洋服を着ていた。

私はそのときふと、前回彼女が話していたことを思い出した。

 

「来月、美和と旦那さん、誕生日だよね」

「そう、付き合いはじめた日と結婚記念日も来月だよ」

「クリスマスイブかぁ」

まだ11月だというのに、街には既にクリスマスソングが溢れている。

「ひょっとしたらお腹のその子も同じ誕生日になったりして」彼女の下腹部を見つめる。

「うん。そうするつもり」

「えっ?」

「クリスマスイブに産まれるように、調整していこうと思ってる」グラスに入ったオレンジジュースを飲みながら彼女の口角が上がる。

「そんなことできるの?」

「うん。例えば、適度に歩いたり、雑巾がけをしたりすると、お産を早められるという話もあるんだって」

「そうなんだ。でも逆に、産まれてくるのが早くなりそうになったらどうするの?」

「そのときは、頑張って耐えるかな」お茶目な表情で彼女はそう言った。グラスを置いて私の目を見つめる。「本気だよ」

 

そんな簡単に我慢できるものなのだろうか。胎児に悪影響はないのだろうか。そこまでして記念日を重ねたいものだろうか。

そんな疑問が口を突いて次々と出そうになった。しかし、学生時代から変わらず我が道を行くスタイルの彼女に言ったところで、何の意味もないだろうと思い、ただ「そうなんだ」と頷くことしかできなかった。

 

「だってさ、記念日って一度に盛大にお祝いしたいじゃない?一年に一度のビッグイベントみたいな。一年に何度もチマチマと祝いたくないというか。やっぱりメリハリが大事だと思うのよねぇ」

前にもした話だ。

「その次もまた、色んな記念日を重ねていきたいと思ってて。何が良いかな~。例えば、初家族旅行とか初家族ディズニーランドなんてどうかな。二人目の子も同じ日に産めたら最高だな。家族の中でその子だけが仲間ハズレにならないようにしなきゃだしね」

私は目を瞑る。やれやれ、めでたい女だ。

「そうやって、私と私の家族にとってめでたい日を全部その日に集めるの。誰のクリスマスイブよりも特別なクリスマスイブにするの。素敵じゃない?」

語尾に音符を付けてすっかり浮かれている彼女を尻目に、私はフォークとナイフを黙々と動かしつづけた。

 

「私、仕事辞めることにしたの」

披露宴も終わりに近付いた頃、彼女はそう言った。

彼女が大手広告代理店の営業として好成績を修めているという話はどこかで耳にしたことがあった。しかし、やり手の上司を夫に持つ今もなお彼女が働きつづけていたのは少し驚きだった。

「仕事は楽しくてやりがいがあるから育休取って続けようか迷ったんだけど、今は出産の直前まで働いてから、育児に集中していこうと思ってる。人生の次のフェーズだね」

人生にはいくつものフェーズがあり、その時々の欲求やミッションをしっかりこなしていくことで、次のフェーズに移っていくことができるという話を、学生時代に彼女から聞かされたことを思い出す。

「そう。旦那さんは育児を手伝ってくれないの?」

「彼はすごく協力的だけど、やっぱり私が自分の手でしっかりこの子を育てていきたいから」

「そっか。美和は大学のときも、ずっと子ども欲しいって言ってたもんね」

「子どもが好きだからね。ところで彩恵は、彼氏いるの?男紹介してあげようか?」

美和はいじわるそうに上目遣いで微笑んだ。

 

彼女は大学時代、男を欠かすことはなかった。

その美貌やオーラの虜にされて言い寄ってくる男は後を絶たず、そんな男たちを軽くあしらって上手いように使う彼女を、私はただ遠くから眺めていたものだった。

田舎の普通の家庭から出てきた私にとって、都会で生まれ育ち洗練された、何事もそつなくこなすしたたかで賢く美しい彼女は、実は出逢ったときからずっと憧れの対象だった。

  

「この子が産まれたら、遊びにきてね。旦那も紹介するよ」

披露宴が終わった夕刻、重そうな、しかし軽やかな足取りで、彼女はタクシーに乗り込んで帰っていった。

同級生も先輩も次々と結婚が決まっていく。小さくなっていくタクシーを見つめながら、新たな恋人はできず、未だに仕事でもうだつが上がらない自分の境遇を呪い、肩から溜息が出た。

美和は、どんどん遠ざかっていく。

 

 

それから3年の月日が流れた。私は31歳になっていた。

状況は相変わらずだ。職場での鬱屈した日々に耐えきれず、一度は転職した。新たな職場では、ブラック要素はあまりなく、パワハラ上司に苦しめられることもないが、優秀で生意気な後輩の後塵を拝する屈辱的な毎日を送っている。

結婚相談所を通して出逢い、1年前に付き合うことになった男とは結婚を考えていたが、最近になって「将来が見えない」と一方的に振られてしまった。

最近は近所の子どもに「おばさん」と呼ばれた。ストレスが私を年齢相応以上に老けさせているのかもしれない。身なりも雑になってきている。

今の楽しみといえば、仕事終わりに興じるオンラインゲームとアルコールくらいのものだ。そのときだけは、先の見えない現実から逃れることができる。

 

今日はまた、会社を休んだ。

ゲームに耽るあまりに明け方に眠りに就き、目が覚めたらもう夕方になっていた。

大学卒業以来住んでいる家賃5万のボロアパートの窓から外を眺めると、雑草まみれの殺風景な公園に立つすっかり葉の落ちて枝の剥き出しになったみすぼらしい木々の枝が風に揺れていた。私が大学を卒業した頃に産まれたのであろう子どもたちが古く錆びた遊具に群がり、曇り空の下でキャッキャとうるさく騒いでいる。

 

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この窓から、季節の変わり目を何度見届けてきたことだろう。

ふと美和を思い出す。彼女の人生は、春には桜が咲き、夏には太陽に照らされ、秋には鈴虫が音を奏で、冬には美しい雪を降らせるというのに、一方の私は花粉に呼吸を邪魔され、蝉の死骸に自分を重ね、蚊に刺されて腫れ上がり、惨めな木々にすら手を振られる。

彼女は着実に前に進んでいるのに、幸福を勝ち取りつづけているというのに、彼女よりも堅実に真面目にやってきたつもりだった私の人生は季節と同じように、変化こそあれども結局はただ繰り返されていただけで、大して何も変わらずにいたことを痛感させられる。

 

美和は今頃、どうしているのだろうか。

アプリからメッセージを送ろうとして、プロフィール画面に指が止まる。

美しく大人びた彼女が、知的で優しそうな印象の男性の横で、可愛らしい幼子を抱いて幸せそうに笑っている。三人それぞれの額にはポップなデザインで「12/24」と書かれているのが見えた。

私は思わず携帯画面を閉じた。そして見開いた目をゆっくりと閉じた。そうか、もうあのときお腹にいた子も、きっと24日に産まれたんだ。もうあれから3年だから、もうすぐ3歳になるのか。

 

インターネットで彼女の名前を検索する。彼女のインタビュー記事が目に飛び込んできた。育児をしながら在宅でアクセサリーの制作を一人で始めたそうで、それが評判のようだ。最近テレビや雑誌でも、美人ママがどうこうなどともてはやされたらしい。

もう、彼女はすっかり別世界の存在だった。SNSに何も投稿しない彼女の近況は全く知らなかったが、本当にリアルが充実しているのだろう。

私は、下唇を強く噛んだ。静かな部屋で、嫉妬の渦が宙を強く斬りはじめた。

 

どうして彼女のような輝きの強い人種が、私のようなうだつの上がらない人間と親しくしてくれたのだろうか。ベッドに仰向けになり、大学時代を振り返った。

ゼミ以外の時間でも、週末に出かけたり遊びに呼ばれたりしたこともあった。嬉しかった。内気な私には友達があまりいなかったから。でも、いつも私は彼女の引き立て役に収まり、目立つのは、チヤホヤされるのはいつも彼女だった。試験前にノートを貸したこと、何度も授業の代筆をしたことを思い出した。4年生の終わりに彼女が今の旦那と付き合いはじめてからは連絡は来なくなり、顔を合わせることはほとんどなくなった。

 

私はただ、彼女にとってただの都合の良い存在に過ぎなかったのかもしれない。彼女はいつも上手くやってきた。入籍日や出産日を調整してまで記念日を重ねようとする合理的な彼女は、いつもそうだった。そして、彼女よりも真面目に取り組んできた私は、彼女という太陽に暖められているようで、その実は焼かれつづけていたのだ。

アイツは、私をそばに置くことで、上手いように搾取し、優越感を抱いていたかったに違いない。なんて酷い女だろう!

強い嫉妬の渦に、怒りが、恨みが、止まることなく混ぜ込まれてゆくのを感じた。

 

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1ヶ月後のクリスマスの朝。以下のニュースが日本を駆け回った。

 

警視庁は24日、東京都港区西麻布のマンションに侵入して三歳の幼児を刃物で切りつけたしたとして、殺人未遂などの疑いで、草野彩恵容疑者(31)=無職を逮捕した。

関係者によると、草野容疑者は「間違いない」と容疑を認める一方、大切な記念日を最低の日にしてやりたかったなどと繰り返し供述しているという。

幼児は病院に搬送されるも間もなく死亡が確認された。警視庁は容疑を殺人に切り替え、詳しい動機と経緯を調べる方針。

 

 

2019.03.18-19