NEOISM

NEOが己の思想・流儀・価値観を綴るブログ

人間やめる

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何かをするにあたって、「周り」や「過去の事例」が10なら、人はせいぜい10や11くらいしか目指さない。

 

「過去の人や周りの人がこれくらいのパフォーマンスを発揮するのなら自分もこれくらいだろう」

 

周りの環境によって、見えない天井が無意識につくられる。

 

そうして、発想や行動が限定される。

 

 

そこであえて、過去や周りがどうだなんて気に留めず、20や30、50や100を創り出すくらいの勢いでいく。


「自分は人間である」という意識を捨てる。

 

圧倒的なものを生み出したいのなら、

 

途轍もない結果を打ち出したいのなら、

 

期待値は自分自身で決める。

 

思考を停止することなく。

 

 

ジャック=マイヨールは、素潜り水深30m程度が人間の身体の限界だと科学的に考えられていた時代に、記録を次々と更新し、56歳にして105mの大記録を打ち立てた。

 

もし彼が「自分は人間だからこの程度が限界だ」などと思い込んでいたら、きっとその境地を目指すこともそこに達することもなかっただろう。

 

そして、そこまでの結果を出すことができたのは、彼にエンゾ=マイオルカというライバルがいたからこそだと思う。

 

「アイツがいけるのだから自分だってまだまだいける」

そんな思いは原動力になったに違いない。

 

 

日本の多くの高校生は、大学進学にあたって海外大学を考慮に入れない。

 

しかし、もしクラスメイトにハーバード大学志望がいれば、どうなるか。

 

「海外の大学に行くという発想」「アイツが行けるなら自分だって行けるかもしれないという発想」が生まれるかもしれない。

 

いなければ、現実の選択肢として考えることはまずない。

 

 

環境は発想を変える。

 

今いる場所を飛び出て異質な環境に身を置いたとき、あるものと無意識に感じていた天井が消え失せ、新たな可能性が目の前に開ける。

 

「人生のやりたいことリスト」に表れるのは、今見える視点からのものでしかない。

 

周りが10であるがために無意識的に10前後で安住しているのなら、圧倒的な20や30、100やそれ以上の世界に飛び込んでみる、あるいはそういう人と付き合おうとしてみる。

 

自分より圧倒的な結果を出している人、圧倒的な行動をしている人に出逢えば、考えもしなかった行動の選択肢が現実味を帯びてくる。

 

環境を変えるのが難しくても、書籍やネットを利用すれば擬似的に変えることはできる。

 

他者の凄さや幸福を見て妬みを覚える人間もいる。

妬みを原動力に奮起するならまだしも、妬むだけで終わってしまう人間がいる。

そんな人は、井の中の蛙のままでいるのが幸せだろう。それまでの器だ。

 

 

だから高くアンテナを張って、まだ見ぬ世界を掴んでいく。

 

そして、局所局所で自分に問いかけながら生きていきたい。

 

「それは圧倒的か。無用な枠を設定していないか」と。

 

だから、私は、人間をやめよう。

 

 

―そう考えると、結果として心が楽になる。

 

何かおかしいと見なされるようなことをしても、「だって俺、人間じゃないし」と心の中で自分を認めることができる。

 

だから、勇気が湧くし、行動力が促進される。

 

心の持ちようが変われば、発想が変わる、選択肢が広がる、世界が広がる。

大事なものが見える自分でいられる。

 

 

だから、あなたも、人間やめませんか?

 

2017