NEOISM

思想・流儀・価値観を綴るブログ

可能性を引っかける

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電車に乗り込んで座った一番角の席から視線を上げると、目の前に雑誌POPEYEの特集「いつ大人になったなら。」という広告が貼られていた。

 

サブタイトルは「大人になるための100のこと」。

無論、「大人」というのがだいたい何歳くらいなのかは人によるだろうし、時代にも左右される。

 

何を以て我々は大人になるのだろう。

日本では法律上は20歳から成人ということになっているが、大学を卒業して社会に出るのは22歳くらいで、経済的に自立していくのは概ねそれ以降になる。

 

寿命の短かった戦国時代には男子は15歳で元服していたし、さらに短かった弥生時代ではもっと早くから大人の仲間入りを果たしていたかもしれない。

平均寿命が40-50代くらいの国は世界を見渡せば今もあるが、そういうところはどうなのだろうか。

 

何はともあれ、私はまだ自分自身が大人という感じがしていない。

社会に出て経済的に自立して生きているわけでもないから、というのがその大きな理由だろう。

 

その雑誌の訴える「大人になるための100のこと」には、あくまで彼らが勝手に唱える彼らなりのステレオタイプな大人像が詰まっているだけであるし、“23歳”は想定読者から外れているかもしれない。

 

けれど、それよりも重要なのは、自分がどんな選択肢/可能性を見逃しているかを知ることだ。

やらなかった後悔の方が、やった後悔よりも質も量も圧倒的に大きくなるもの。

たとえやった結果として後悔したとしてもそこで学びの機会は得られるが、やらなければ正も負も何も生まれないのだから。

 

だから、アンテナは高く広く張っておく。

ただの雑音として見向きもせず終わるか、その中にあるかもしれない絶好の機会を引っかけるか。

その雑誌流の「大人」像とやらを、今度覗いてみようと思う。

 

2019.11.10