NEOISM

NEOが己の思想・流儀・価値観を綴るブログ

受け取り方に表れる意識

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5月のある日だったか、大学内のとあるトークイベントでの登壇を依頼されたので、その打ち合わせを行った。

 

対面したのは、そのイベントの運営メンバーであり、多少の顔見知りであった大学2年生のFを含む学生3名。

何をテーマに話すかというのを決めるにあたって、大学時代にどんなことに力を入れてきたのか的な問いを投げかけられたので、ササッと答えた。

 

するとFは、「ならそういう自慢話をしまくればいいんじゃないですか?」的な感じのことを言ってきた。

それは明らかに、嫌味を混ぜ込んだ口ぶりであった。

 

確かに私が大学時代にやってきた様々なことは、多岐にわたる上に結構派手なものが多いのだが、彼はそれを自慢と捉えた。

 

何だコイツ気分悪いなぁと思ったが、考えてみればFは普段からSNS上で自慢ったらしい投稿をするタイプの人間。

Fからすれば、「自慢できるかどうか」というのが物事の重要な物差しとなっているのだろう。

だから彼は私にマウントを取られたとでも感じて、嫌味っぽい感じの返しをしてきたのだろうと推察される。

 

このように、何らかの事象に関してAという受け取り方ができるということは、その人物は日頃からAという伝え方/発信をしているという可能性が高い。

 

悪意を受け取りやすい(悪意と解釈しがちな)人は、悪意に晒されてきた、あるいは日頃悪意を込めて人と接している傾向にあるであろうし、善意の場合も然り。マウントを取られたと感じやすい人はプライドが高くかつ嫉妬深い傾向にあるからそのような受け取り方をしがちなんじゃないかと思う。

 

受け取り方は、コンプレックスの裏返しだったりする。

 

その受け取り方(発想)ができるということは、この人は意識せずともそのような意図の伝え方をしているのだろう、このような点に着目しているのだろう、などと意識すると、色々と見えてくるものがある。

 

2019.07.07