NEOISM

NEOが己の思想・流儀・価値観を綴るブログ

私の考える「理想の教育」の三要素

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私が子供を育てるなら

「世界を拡げさせ、自己肯定感を高めさせ、自ら考えさせる教育」 

を展開する。

 

 

まずは「世界を拡げさせる」について。

 

小さい頃、私は親に色んなところに連れていってもらった。 

 

オーストラリアでファームステイしながらの小学校通い

モンゴルの草原で馬で駆け回りながらのゲル生活

アメリカとオーストラリアでのホームステイ

広島や沖縄、カンボジアでの平和学習

 

そんな環境に物心付く前から浸ることで、日本は世界の、日本人は世界中の人々の、ほんの一部でしかないことを実感として知っていた。

 

「世界は広い。日本に生まれたという理由で日本で死ぬのは嫌だ」

そう思うようになっていた。

 

よって教育側に立つならば、ツールとして重要な英語やスペイン語など、メジャー言語の早期習得を促すことになる。

 

世界を知ることは、ただ知的好奇心や冒険心を満たすためだけではない。

世界の広さを知っていれば、「まあなんとかなる」「居場所はここだけじゃない」というマインドが自ずと醸成され、精神的な自由度、それに伴って行動面の自由度が増すし、多様性への理解が進む。

 

「世界を拡げる」ことに価値を置く理由は、自分自身の後悔にもある。

「この選択肢を知っていれば...」

特に高校時代、何度思ったことか。

 

学校における主な評価軸は「学業成績」と「運動成績」だ。

そんな環境だからこそなおさら、色んな選択・人間・生き方があるということを、実際に体験させることを通して伝える。

私は旅を通して様々な選択・人間・生き方に出逢った。

 

 

次に「自己肯定感を高めさせる」について。

 

「幼少期にいかに親から愛情を注がれたか」が、自己肯定感を大きく左右するとも言われている。

 

自己肯定感があまりに低い人を何人も見てきたが、生きづらそうな印象を受けた。

自己肯定感の低さは、自分も周りも不幸にしやすい。

 

自己肯定感が高ければ、失敗しても立ち直りやすく、様々なことに臆せず挑戦していけるし、円滑で健全な人間関係を築くことができやすい。

 

何かが上手くいかなくて落ちこんでも「でも俺だよ?(ニコッ)」と思える人は強い。

すぐに立ち直って前に進むことができる。

 

自己肯定感を高めるために、日常的に愛情を伝え、信頼していることを示すことになる。

 

 

最後に「主体的に考えさせる」について。

 

教育する側に立つ者は「答えに直接繋がるようなアドバイスすることが正義だと思ってはいけない」と私は考えている。

 

確かに、指示を与えた方が、教える側としては楽かもしれない。

だが、長期的に見たとき、教えられる側にとってどちらが豊かなのか。

アドバイスや忠告は、時に自ら学ぶ機会を奪う。

 

自ら考えさせる。

そのための機会やヒントを必要に応じて与える。

そのくらいでいい。

 

たとえば「〇〇をやりなさい」と指示するのではなく「なぜ〇〇をやる必要があると思う?」と問いかけて考えさせる。

たとえば「〇〇は絶対ダメ」「△△は絶対に正しい」などと言う者は多いが、そもそもそれは誰の意見なのか、本当に自分の意見なのか、ただの受け売りではないのか、立ち止まって考えさせる。

 

「自ら考える力」こそが、親であれ教師であれ、教育者が一番送るべきプレゼント、「愛のカタチ」なのではないだろうか。

 

自ら考える力があれば...

問題や困難が目の前に生じたとき、どうすれば解決できるかと試行錯誤して打破できる可能性が、自分の望む人生を手に入れられる可能性が高まる。

人に騙されたり、搾取されたり、重大な戦略ミスを犯したりするリスクを減らすことができる。

全てに応用が利く。

一生を通じて大きなステータスとなる。

人生のクオリティを大きく左右する。

遺伝で決まっている部分もあると言われるが、環境次第で伸ばすことは当然できる。 

 

「頭の良さ」にも色んな種類があるが、人は言語で思考する以上、

・言語能力(言語運用能力、言語化能力)

そして言語を活かして筋道立てて物事を説明・理解するために、

・論理的思考力

が特に重要だ。

 

 

P.S. 

このように、私は「世界の広さを知っており、かつ自ら考える力が優れている」状態こそ素晴らしいと思っているが「全ての人がこうなってほしい」とは微塵も思っていない。

 

「みんなもっと〇〇になればいいのに(ex.心優しくなればいいのに)」などと言う人はいるけれど、そういったものには共感できない。

 

色んな人がいるからこそ世界は面白いからだ。

 

「みんな違ってみんないい」

 

小学生の時にいやいや暗唱させられた詩だが、この思想は「結局は人それぞれだよね(完)」という具合に思考の停止を招く危険性もあるとはいえ、世界を面白い世界たらしめる上で紛れもなく重要な考え方だ。

 

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