NEOISM

思想・流儀・価値観を綴るブログ

【価値観】自分らしく生きるために

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自分らしさとは、自分らしく生きるとは何か

 

世の中には数多の幸福論が氾濫しているが、私は「幸福の絶対条件は自分らしく生きること」と言えると考えている。

 

自分らしさとは、自分の性質、そしてそこから生じる自分にとって大切な価値観(欲求)のこと。

 

つまり、自分らしく生きている状態とは、自分の価値観(欲求)などの本心、自分の性質を理解し、それに素直に生きている状態のこと。

 

性質の例としては、愛情深いだとか怒りっぽいだとか小心者だとかということが言えるが、それは一種の癖のようなものであって、自分の求めるものであるとは限らない。

 

より重要なのは、「どう生きたいか」という価値観(欲求)の方だ。

 

私の場合、自分の大切な価値観のキーワードは「愛」「勇気」「合理」「自由」「余裕」「独自性」「闘争」などで、それぞれさらに細かく言語化している。

 

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自分にとって大切な価値観を知らなくても自分らしく生きることは出来るだろうが、納得感や決断スピード、自分の人生に関する問題発見精度・速度が違ってくるのではないかと思う。

 

感情を掘り下げて導かれた論理にこそ自分の価値観が表れる

 

では、どうすれば自分にとって大切な価値観を知ることができるのか。

 

日常生活の中で実践できる。

感情(欲求を含む)を掘り下げる(噛み砕く)のだ。

 

 

感情そのものだけでは、自分らしさを語ることは難しい。

例えば、イルカショーを見た人々の多くは「おもしろい」「たのしい」「すごい」「かっこいい」などという似通った感情を抱く。

しかし、どういう回路で「おもしろい」「すごい」という感情を抱いたかは、人によってさらに細分化される。

 

自分らしさを理解するには、感情を感情のままで終わらせず、

 

己の素直な感情に"WHY"を投げかけて噛み砕き分解し

その中に通る論理を見つけ出す

 

という工程が肝要になってくる。

 

感情を掘り下げる中で表れた論理の中にこそ、ヒントがある。

「なぜ自分はこの論理を導き出したのか」「その裏にはどんな欲求があるのか」を考えることで、自分にとって大切な価値観(欲求)を知ることができる。

 

さて、感情を噛み砕いて論理を導き出したとする。

その論理をさらに噛み砕こうとすると、最終的には感情に行き着く

 

人が何らかの感情を抱くとき、それは

「感情・論理・感情のサンドウィッチ」

という形で表現できる場合が多い。

感情はフワフワとしたパン、論理はしっかりした具材。

 

例えば、

「インターンシップに参加したい」(感情)

 

WHY? (どうしてインターンシップに参加したい?)

 

「ビジネスや会社でのワークについて学ぶことができ、それによって将来の職業選択の際に活かすことができる」(論理)

 

WHY? (どうして将来の職業選択に活かせることをしたい?)

 

「自分に合った職業を選択できれば、やりがいを以て仕事に取り組むことができるから」(論理)

 

WHY? (どうしてやりがいを以て仕事に取り組みたい?)

 

「人生の多くを占める職業生活というものにやりがいを以て取り組むことができれば、人生が充実し、幸せを獲得することができると考えられるから」(論理)

 

WHY? (どうして幸せを獲得したい?)

 

「幸せに生きたいから」(感情)

 

このように、最終的には「幸福」などという根源的な欲求に行き着く

これ以上掘り下げるのはナンセンス。

 

最初の感情がデンプンなら、"WHY"が様々な消化酵素で、最後の感情はブドウ糖。

最初の感情がタンパク質なら、"WHY"が様々な消化酵素で、最後の感情はアミノ酸。

 

なお、ここに示したものはあくまで一例に過ぎず、着眼点に応じてWHYの中身も変わる

 

重要なのは、

  1. 感情と感情の間にある論理の数々から自分の価値観を知ること。
  2. 着眼点を変え、他の選択肢も含めてしっかり考えること。

 

また、先の例の場合、職業生活を送ることを前提とした思考で話が進んでいるが、そもそもその論理すらも疑って考える。

自分だけの視点では限界があるので、他の人に尋ねるなどしてみるのがいい。

 

これは自分にとって大切な価値観だ、と感じたなら、キーワード化してみることをオススメする。

 

私は大学入学以降、苦しいことを含む様々な経験を積みつつそれらを言語化してきたことで、「自分はこれを大切にすれば自分らしくいられる、ハッピーでいられる」ということが分かってきて、生きるのが随分と楽になった。

 

自分らしさは可変的なので絶対視しない

 

しかし、「自分らしさ」を絶対的なものと見なすと、それに縛られて柔軟に適応できなくなる。

自分はこういう人間だからこうあるべきだ、などと考えてしまい、他の可能性を自ら閉ざしてしまうことになりかねない。

 

では、「自分らしさ」というものが存在しないのかと言えば、それは明らかに違う。

自分と他者とで何に惹かれ何を楽しいと感じるかに違いがあることを見れば分かる。

 

成長するにつれて価値観は変わる。特に若い頃はそうなのだと思う。性質だって変わる。

つまり、「自分らしさ」は可変的だ。

そのことを認識し、「今の自分らしさ」を絶対視せずに柔軟にいくのがいい。

 

非日常に身を置くとグッと理解が促進される

 

自分にとって大切な価値観への理解は、非日常において大いに促進される。

普段は発揮されない自分が出やすいからだ。普段使わない筋肉を使うと鍛えられる。

 

同じ場所に留まらずに挑戦するというカタチであったり、ハンディキャップやコンプレックス、上手くいかない現実と向き合うというカタチであったり...。

 

色々あるとは思うが、望むとも望まずとも、苦難の中に身を置き、状況や自分自身にしっかりと向き合う(向き合わざるを得ない)中で、感情が様々に掻き乱され、試行錯誤して這いずり回るうちに、普段は見えない別の顔がたくさん浮かび上がってきて、発見が生まれ、哲学が磨かれ、納得感が生まれ、精神的に大きく成長することができる。

 

だから、自意識過剰に陥ることなく、心の高鳴ることを中心に挑戦しつづければいい。

  

2017.02.